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2014/5/17 にはなたれた、「宇宙維新-黄金の夜明け(前編)-」
そして、ノアの方舟がアララト山に漂着したとされる7/17 の 宇宙維新-黄金の夜明け(後編第一弾)-

そしてスーパームーンの9/9、いよいよその続編です。

<宇宙維新-黄金の夜明け(後編第一弾)-> では、バビロニア帝国、ミタンニとヒッタイト、インダス文明、カナン(フェニキア)といった、なかなか馴染の無い地域のお話でしたが、日本の真相を理解するためにはとても重要です。今回はその第二弾で、いよいよ邪馬台国の建国です!

 邪馬台国と言えば、女王・卑弥呼、トヨ、魏志倭人伝などが思い浮かびますが、古代史研究家や古代史ファンにとって、邪馬台国が何処にあったのかということは最も熱いテーマです。
 しかしながら、国史に於いて資料となっているものはほぼ皆無で、支那の魏志倭人伝が唯一、と言っても過言ではありません。(日本書紀の一書(あるふみ)に、神功皇后は卑弥呼かもしれないと匂わすような記述があるのみです。)そのため、外国の資料だから信じるに値しない、として、邪馬台国は存在しなかった、と主張される方もいるようです。しかし、本当にそうでしょうか?

 魏志倭人伝(三国志・魏書烏丸鮮卑東夷伝倭人条)は確かに伝聞的な記述で、多分にして支那の“中華思想”的に書かれています。中華思想とは、中原(ちゅうげん、世界=支那の中央)から地理的に離れるほど、野蛮人が住んでいるという思想で、支那は幾多もの王朝が現れては消えていった易姓革命の国ですが、この中華思想だけは現在まで一貫しています。

 だから、東方は“夷”、南方は“蛮”というように、方位毎に異なる種類の野蛮人がいると考え、“東夷伝”という名称自体がそういった類のものですし、邪馬台国の“邪”や倭国の“倭”、卑弥呼の“卑”なども蔑称です。
 また、風俗記事や方位記事で注意すべきことがあります。まず1つが“中華思想”です。遠い所から朝貢されるほど皇帝の徳が高い、という解釈から、距離というのは極めて大げさに書かれており、それをそのまま信頼するわけにはいきません。もう1つが地理的な解釈で、倭国は現在の台湾や中国東南海上に位置しなければならないとし、“倭の地は温暖にして、冬も夏も生菜を食らう”などとあります。
 更に、魏と対立していた呉に倭国が隣接し、倭国が魏と友好関係にある南方海上に位置する大国という認識を植え付けることで、呉に対する圧力ともなっているわけです。
 以上のことから、距離の問題、風俗の問題などを中心に考えてしまうと、大きな過ちを犯すことになります。

 九州説、ヤマト説、吉備説、丹後説などいろいろありますが、古代に於いて最も重要なことは、政治のことを“政(まつりごと)”と言ったように、古代は政祭一致ですから、祭祀です。また、クニを治めるためには強い軍事力が必要となりますが、古代に於いて最も重要な武器となる原料は鉄ですから、最終的には鉄を制した一族が大王家となったわけです。
 このような観点から、鋭い考察をされているのが民間の古代史研究家の伴とし子さんで、他の主張とは一線を画します。

・「古代丹後王国は、あった―秘宝『海部氏系図より探る』」、MBC21京都支局・すばる出版、東京経済。
・「ヤマト政権誕生と大丹波王国」、新人物往来社。
・「卑弥呼の孫トヨはアマテラスだった」、明窓出版。
・「前ヤマトを創った大丹波王国―国宝「海部系図」が解く真実の古代史」、「応神と仁徳に隠された海人族の真相」、新人物往来社。
・「丹後王国物語」(「まんが丹後王国物語」)、丹後建国1300年記念事業実行委員会編、せせらぎ出版。
・「卑弥呼と邪馬台国」、テレビせとうち。

 また、つい最近、京丹後の市長が京丹後弁と名古屋弁に類似したものが多いということをマスコミで発表され、その後、名古屋のマスコミが丹後に取材に行って実際に確認し、更に、岡山の一部でも似たような言葉が使われていることが判明しました。単に、京言葉が同心円状に広がって行ったというのはありきたりの説ですが、ここにはもっと深い意味が隠されていそうです。
 ここに、フィクション仕立てではありますが、本後編も併せて、邪馬台国(ヤマトの国)の真相に思いを馳せて頂ければ、と思います。

それでは、後編第二弾をお楽しみ下さい!

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宇宙維新-黄金の夜明け(後編第二弾)- 
94ページ



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管理人より

この公開日9/9は重陽(ちょうよう)の節句です。
陰陽思想では奇数は陽の数であり、陽数の極(一桁の数字で最大の奇数)である9が重なる日であることから「重陽」と呼ばれ、菊の花を飾ったり、菊の花びらを浮かべた酒を酌み交わして、邪気を払い長寿を願う日です。

そして2014は、7/12、8/11、そしてこの公開日の9/9と、3度もスーパームーンのある大変珍しい年。

月が地球の周りを回る軌道が楕円形で、地球と月の距離は変動するわけですが、スーパームーンは、月が地球にもっとも近づいたタイミングで満月または新月の形になった月の姿や、その現象のことをいいます。
もっとも近いときは、遠いときと約5万キロメートルもの差があります。
直径で約15%大きく、30%明るく見えるということは、現代のように時間に追われて忙しい生活ではなかった古代人には、驚くような出来事だったかもしれません。

地表人にとって、月と太陽の存在、そしてその変化は「神そのもの」とも言えます。
古代人のほうがそのことをよく理解していたように感じますが、昨今、これだけの天変地異が起き始めたことで、現代人もさすがに気づきはじめたのではないでしょうか?

科学的にも、我々は、月と太陽に生かされているわけです。

sol-piramides.jpg
※ニンギシュジッタも建設に関わったであろう、メキシコ ティオティワカン遺跡の、
 太陽のピラミッドから月のピラミッドを臨む景色。



【追記: 宇宙維新 INDEX】
宇宙維新-黄金の夜明け(前編)-
宇宙維新-黄金の夜明け(後編第一弾)-
宇宙維新-黄金の夜明け(後編第二弾)-
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*宇宙維新-黄金の夜明け背景資料(前編)-
*宇宙維新-黄金の夜明け背景資料(後編)-
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