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<神仏習合と修験道-祈り>

 2020年の幕開け早々、中国で発生した新型コロナウイルスが世界中を巻き込んでいった。
当初は楽観視されていたものの、未知のウイルス故にワクチンや特効薬が無く、対処療法を実施するのみで、2020年3月時点ではとうとう世界的パンデミックとなった。更に、医療が崩壊の危機に直面した国も出てきて、多くの死者が発生し続ける世界的な非常事態となってしまった。
 また、各国国境は封鎖され、外出や移動も禁止され、連動して株式もリーマンショックを越える大暴落となり、世界経済のデフォルトも懸念されている。

 歴史を振り返るならば、この様な時、人々は神に祈った。
欧米に於いては全知全能の唯一の神に祈る。対して日本では、「神様、仏様!」と神にも仏にも祈るが、唯一神信仰の人たちの目には、異なる宗教の「神々」に節操なくすがっているかのように映るようだ。
 現在では神社と仏閣は一部を除いて分けられているが、明治以前は同じ敷地内に存在するのが当たり前だった。
これを神仏習合と言い、今でも多くの家庭に於いて、神棚と仏壇が一緒に祀られていたりする。

 では、何故、外来の仏教と仏教伝来以前から存在していた神道(的祭祀)という異なる宗教が習合できたのか?
実は、そこには宇宙の真理が隠されていたのである。これはまた、祈りを本質とする修験道にも繋がっているので、修験道や祈りの本質も併せて考察しよう。

 参考までに、神社界がこのような事態に於いて、どのような「祈り」を実践しているのか、例を示す。
神社本庁から令和2年3月4日付で各神社庁長宛に通知された「新型コロナウイルス感染症流行鎮静祈願祭祝詞」「日供祭(にっくさい)辞別祝詞」である。これは、本庁に属する全国の神社に於いて「新型コロナウイルス感染症鎮静祈願祭」を適宜の日に小祭で斎行するとともに、状況改善までの間、日供祭に於いて辞別祝詞を奏上するように求めたもので、その祝詞例文である。神社本庁では、3月6日に本庁の神殿にて斎行したとのことである。

(『神社新報』令和2年第3486号、3月16日付の記事より。)
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*日供祭とは、日々、神前に神饌をお供えし、国の繁栄や安寧、人々の幸せを祈念する神事。辞別とは、宣命や祝詞で特に言葉を改めて申すこと。

 本来ならば、全国一斉に全神職が心を一つにしてこの祈願祭を斎行するのが理想であろう。その祭主を天皇陛下として。
更に、修験の護摩祈祷も合わせて。(その意味は、本文をお読みになればご理解頂ける。)
 ちなみに、両陛下が海外公務に遊ばされる時などにも、安全祈願の祝詞奏上が全国の神社にて、御帰国遊ばされるまで続けられることも追記しておこう。

本編PDFはこちら↓ (※PCは右クリックで保存可能)
神仏習合と修験道


---管理人コメント---

そ、そんな角度から「神仏習合」と「修験道」を語る??? ←初見の感想。

普通の人には、一度読んだだけではさっぱりわからないかもしれないし、
下記に挙げたキーワードを少しでも知っている人は、驚きの連続であることは間違いない。
神道や仏教に詳しいはずの人であれば、張り手でひっぱたかれたかのような衝撃を受けるかもしれない。

いずれにしても、完全に脳内はスパーク、新たな次元でモノゴトをとらえるニューロン、シナプスが働きだすだろう。


この投稿は、「神道と仏教が習合しましたよ」、というレベルのおはなしではない。
解説、根拠、が宇宙的、立体的過ぎて、コメントをまとめようがない。
カバラの生命の樹(セフィロト)の各パーツがパスで繋がりバランスされているかのように、
あらゆる話がこの謎解き研究資料で繋がり、統合されている。

過去記事<籠神社と眞名井神社>でも触れられた「スミルノフ物理学から導かれる宇宙観と眞名井の宇宙観」の引用から始まり、振り返ることができる。

キーワードだけでも列挙しよう。

シリウス、二ビル、アヌンナキ、そして人類誕生。
眞名井とはなにか、和多志とはなにか。
バランス、合わせ鏡。
チャクラ、男女、生エネルギー、クンダリーニ。
カバラ、生命の樹のポジションと、体の部位。
シュメール、スメル、スメラミコト、天皇陛下。

・・・これはもう、プリントアウトして、紙でマーカーをつけながらじっくりと読み込みたい資料だ。
「知識」ではなく「知性」。
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