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2016.06.24

大嘗祭

<大嘗祭>

 大嘗祭(だいじょうさい)とは、即位に際し、天皇が初めて新穀を食(め)され、皇祖及び天神地祇に供し奉る儀式で、一世一代の特別な新嘗祭(にいなめさい)である。その儀式は非公開であり、それ故、様々な憶測が飛び交っている。中には、イエス・キリストの“最後の晩餐”から磔刑による死、そして、その後の復活をなぞる儀式だという説まで飛び交っている。
 しかしながら、皇居に於ける新嘗祭や神宮の神嘗祭も併せて冷静に分析すれば、そのようなものではないことが解る。

 また、政教分離が唱えられた戦後、反皇室主義の団体等から、大嘗祭は違憲ではないか、と言われ、神社に迫撃弾が撃ち込まれたこともあった。
 政教分離などは欧米諸国、特に独自の宗教を認めない世界支配主義者たちによって導入された日本人の精神性破壊工作の一環であり、故に、国家の最も重儀とされる大嘗祭でさえ、反対するような国民が出てくる事態になってしまった。

 では、大嘗祭とはどんな儀式なのか?また、大嘗祭には京都の広隆寺も関わっており、それにはミロクが大いに関係しているのだが、その意味することは何なのか?
 では、多くの国民には謎とされているその儀式について紹介し、考察しよう。これにより、皇室、そして日本という国に対する理解が少しでも深まれば幸いである。

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『大嘗祭』

大嘗祭



---管理人コメント----------------

いよいよ日本ルーツも大詰め、「大嘗祭」。
わかりやすくいえば、「天皇霊のバトンわたし」的意味合いをもつ。

本資料は、なじみのない専門用語が並び、はっきりいってとても難しい。
が、ここまで詳しく大嘗祭をまとめたものはほかにあっただろうか?
一度では到底理解できないだろう。
なにかの折にまた思い出したように再読するために、ぜひダウンロード保存してほしい。

今上(きんじょう)両陛下もかなりのご高齢だ。
いつまでもお元気で、と願うところではあるが、いつかはその時が来る。

振り返ってみよう。

明治からの大嘗祭
明治天皇 1871年(明治4年)
大正天皇 1915年(大正4年)
昭和天皇 1928年(昭和3年)
今上天皇 1990年(平成2年)

今上天皇の大嘗祭のときは、今のように手軽にインターネットで情報検索などできなかった。
次回は「天皇陛下が崩御され、元号が変わった」程度の理解ではなく、「日本」というアイデンティティがどのように守られ、幾久しく続いてきたのか、どうしてこのような御神事が存在するのかを国民としてじっくり考察しながら、次世代へつなげていこうとする人が一人でも増えればいいと思う。

「天皇」といえばすぐ敏感に反応する人々がいる。
しかし、右だ・左だの議論の前に、
神武天皇から数えても第125代つづく「歴史」の重みを誰がどのような責任で「反対」といえるだろうか?
続いていることそのものが、地球上ではどの民族も真似できなかった、とても尊いこと。

その国に、わたしたちは生きている。
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