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 織田信長と言えば、南北朝時代や戦国時代で混乱した日本を統一した武将で、尾張出身である。
特に愛知県では、豊臣秀吉、徳川家康と合わせて三英傑と呼ばれ、親しまれている。

また、名古屋市中心の大須という場所には、信長の父、信秀の菩提寺の万松寺(ばんしょうじ)がある。
ここは、信秀の葬儀の際に信長が位牌に抹香を投げつけた事件の舞台でもある。(ただし、大須に移る前の万松寺でのことだが。)
 そして、信長に隠れてなかなか話題にはならないが、信秀の娘で信長の妹、お市の方の血統は、娘の江(ゴウ)-徳川和子(後水尾天皇の中宮)-明正天皇と、皇室へと続いており、織田一族は単なる戦国武将などではない。

 昨年、学研ムーの付録(2014年9月号)に織田信長の首について書かれていた。本物の信長の首は行方知らずとなっているが、実は京都・船岡山の建勲(たけいさお、通称けんくん)神社にあるという。飛鳥氏は旧平安京の構造と合わせて解読し、何故、そこに信長の首があるのか、南朝との関係で解いていた。

 しかし、本質はそれだけではない。実は、神宮と出雲大社の同時遷宮、出雲と皇室の御婚礼、そして、伊雑宮と深い関係がある!傲慢なイメージの強い信長だが、これを機に、そんなイメージを見つめ直しては如何だろうか?

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信長の首と伊雑宮


oda.gif

----管理人コメント

信長は、単なる戦国武将ではありません。そのルーツは秦氏。

信長は仏教を弾圧し、キリスト教を推し進めたことでも有名。
しかしそれは腐りきった仏教権力がはびこる状態を一層するため、政教分離のためであって、自身はキリスト教信者にはなっていない。

一方、桶狭間の合戦の前には、熱田神宮で必勝祈願し、その他にも、神社仏閣への寄付も行っている。
神仏の本質には信仰しつつ、神仏の面をかぶり欲におぼれた政治を叩き潰そうとしていた。

そんな信長は、十種神宝をも所持していたといわれている。
美女で忍でもあったといわれる信長の妹の「お市の方」は、実は今上天皇の先祖に当たる。

尾張の神しくみの重要なキーパーソンたちと、そのルーツとは?

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