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<唯識(ゆいしき)>

 唯識とは、Wikipediaに依ると、各個人にとってのあらゆる諸存在が、唯(ただ)、8種類の「識」によって成り立っているという、大乗仏教の見解の1つである。その8種類の「識」とは、いわゆる五感である「前五識」、自覚的意識である「第六意識」、自分に執着し続ける心の潜在意識である「末那識(まなしき)」、そして、これらの根本と考えられる「阿頼耶識(あらやしき)」である。この阿頼耶識が各識と身体、そして、“世界”を生み出していると考える。


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 大乗仏教では、人間の思考・行動は阿頼耶識に記録され、阿頼耶識は各識に影響を及ぼし、各識の転変は一瞬のうちに生滅を繰り返し、その瞬間が終わると過去に消えると考える。すなわち、すべての「物、識=色」と思われているものは“現象”でしかなく“空(くう)”であり、実体の無いものと考える。このように、般若心経に登場する“色即是空”を捉えた。

 そうなると、阿頼耶識は既出の<和多志(わたし)-自己、自我、我己と起源意識->で述べられている起源意識のことではないか?と思われるのだが、これまでの歴史が示しているような仏教界の混乱を見ると、どうやらそのようには解釈されてこなかったように見える。

しかし、遂にその解答が示されることとなった!

阿頼耶識と末那識は鏡像反転の関係にあり、それがカバラで言うところの「生命の樹」が、「死の樹」へと反転していたのである。(「生命の樹」については文書内参照。)これを理解できていなかったために、“他力本願”や般若心経の“色即是空 空即是色”の真意を取り違え、挙句の果ては、元は同じ寺なのに考えの違いで分裂して対立したり、お題目がどうこうなどという極めて現世的な利害=エゴに影響されてしまったのである。これこそが、“煩悩”の本質に他ならない。

 すなわち、末那識に対する認識を変えることより、“煩悩”は焼き祓われる。煩悩を焼き祓うのは不動明王だが、その手にされている煌めく両刃(もろは)の剣はまさに両刃であり、これまでは使い方を誤っていたのである。そして、この剣は、ヤマトタケルが焼津の地で草を薙いで火難を祓った“天叢雲剣”こと、“草薙神剣”としても暗示されていることに気付いて欲しい。更に言うならば、聖書の創世記に示されている、エデンの園を守るためにエデンの園の東(=日本)に置かれた、“煌めく剣の炎”でもある。

 最後に、この著者は便宜的に「名が無き鳥」と名乗っている。思えば昨年、神宮の遷御は天岩戸開きの神話に基づく“長鳴鶏(ながなきとり)”に因んだ鶏鳴三声(けいめいさんせい)によって開始され、天岩戸が開くが如く、天照大神は新宮へと御遷り遊ばされた。それに続いて、ここに示された文書が、地球の、ひいては宇宙の岩戸開きになれば幸いである。

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現代の社会問題と唯識



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管理人コメント

これをお読みのあなた。
あなたは、なんですか?
誰ですか?と問われれば、いつものように、出生後に付けられたご自分の名前をお答えになるでしょう。
そうではなく、あなたは、いったい、なんなんですか?
なんのために生まれ、どこに向かう、なんなのですか?

わたし(管理人)の名前が、イエス・キリストだとします。
わたしは、イエス・キリストです。
このとき、イエス・キリストを名乗るものは確かにここにいますが、
イエス・キリストという存在は、存在しません。

便宜上の名前をつけたとたんに、「本当の自分」は岩戸に隠れはじめます。

自分、とは、”自”然の”分”身と書きます。
「自尊心」とは、便宜上の名前をつけた存在のプライドを守ることではありません。
自分とつながる全ての大自然の摂理を尊ぶことなのではないでしょうか。

悔しさ、怒り、争い、その矛先にいる存在は、何者なのでしょうか。
どの国の、どの宗教の、●●さん?そう名乗る人はいても、
そういった種はいません。皆、ただの自然の分身です。

この「唯識」は、「和多志」を振り返りながら、お読みいただくといいと思います。



さて、この文書の公開は8月16日となりました。
京都で五山の送り火がある日です。
送り火では、護摩木に自分の名前や病名などを書いて火床の割木の上に乗せて焚き上げるので、壮大な祓とも言えます。ですから、これまでの“煩悩”をお焚き上げするのには最適です!

okuribi.jpg

 なお、送り火は、一般的にはお盆に戻って来た先祖の御魂を送るという意味あいです。
しかし、8と16という数字、そして、送り火の文字や形からすると、どうやらそれだけではなさそうです。
詳細は以下で説明されています。

http://www.cloud28.org/je-academy/お祭りと神事/

 この説明通り、右大文字がイエス・キリスト、妙法がモーゼの十戒、船形が契約の箱アーク、左大文字がソロモンの知恵、鳥居が聖書の唯一絶対神 "YHWH" を暗示しているとしたら、大変なことだとおもいませんか?
また、シュメール文明で見られた、降臨する神々を迎えるための迎え火だったというのも、大変興味深い説です。

 いずれにしろ、真偽の判断は皆さんに委ねることにしますが、“名をお焚き上げする”こと、鳥居の形の額束(がくづか)には“(神の)名が無い”ことは象徴的ですね!
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